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札幌地方裁判所 昭和42年(ワ)566号 判決

原告

杉本隆志

右法定代理人

杉本武雄

杉本ヨソ

代理人

森越博史

被告

瀬戸鶴次

被告

郷土建工業株式会社

代理人

中山信一郎

主文

一、被告両名は、各自原告に対し、三三二万四、九五七円およびこれに対する昭和四一年八月一四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一  当者事の申立〈省略〉

第二  原告の請求の原因

一  事故の発生

被告瀬戸鶴次は、昭和四一年八月一四日午後五時ごろ北海道石狩郡新篠津村新湧第四五線北一二号道路附近の被告郷土建工業株式会社(以下、単に「被告会社」という。)工事現場に設けられた軌道引込線上をジーゼル機関車(以下「本件機関車」という。)に連結した板枠ないし箱枠のない客土運搬用トロッコ(以下これを「本件トロッコ」といい、本件機関車と本件トロッコとを「本件軌道車」と総称する。)に原告(当時小学二年生)ほか二、三名の児童を乗せて時速約一〇キロメートルで運転走行中、右軌道引込線から本線に入る際、切り替えポイントの操作を誤つて本件トロッコを脱線させ、原告を右脱線の振動により本件機関車と本件トロッコとの間に転落させたうえ本件機関車で轢過し、よつて原告に対し、右手首切断、右尺骨骨折、左鎖骨骨折等の重傷を負わせた(以下、これを「本件事故」という。)。〈以下省略〉

理由

一事故の発生

事故の発生に関する請求原因一の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二被告瀬戸の過失

そこで、まず被告瀬戸の過失の有無について判断する。

被告瀬戸が本件機関車の運転の資格および能力がないのにこれを運転したこと、同被告が切り替えポイントの操作を誤つたことは当事者間に争がない。また、〈証拠〉を総合すると、本件トロッコの用途は、工事の土の運搬であつたためその構造は台車の上に板が載せてあるだけであり、その軌道の敷地の地盤も土盛りをしただけで安定しておらず、トロッコの走行に際しては相当の振動を伴つたため、被告会社もこれに人を乗せることを禁止していたこと、被告瀬戸は本件事故の三〇分ほど前に宿舎で焼酎一合、ビールコップ一杯を飲酒したため、本件機関車の運転を開始したころにおいてもなお酩酊状態にあつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、被告瀬戸には、運転技術を有せずかつ飲酒酩酊という危険な状態で、しかもその用途に反して本件軌道車の運転を開始したという過失ならびに本件軌道車を軌道引込線から本線に入れるに際し切り替えポイントの操作を誤つたという過失があつたことは明らかである。

三被告会社の責任

次に、被告会社の使用者責任の存否について検討する。

(一)  被告会社が昭和四〇年度から実施されていた道営軌道客土工事新篠津地区新湧工区の請負業者をして右工事を施行し、被告瀬戸が被告会社に雇用され、軌道保線工夫として右工事に従事していたこと、本件事故が当日お盆休みのため被告会社従業員が早じまいした後に発生したものであることはいずれも当事者間に争がない。

ところで、被用者の行為が使用者の「事業の執行につき」なされたというには、必ずしも被用者がその担当する業務を適正に執行する場合に限らず、たとえ被用者が執務上守るべき内部的規則、命令等に違反し、或いは全く私的目的を達するためになした行為であつても、それが客観的にみて使用者の事業の態様、規模等からして被用者の職務行為となんらかの牽連性を有するならば、それで足りるものと解すべきである。しかるところ、〈証拠〉を総合すれば、本件事故の発生した被告会社の新篠津地区新湧工区工事現場には三台の軌道車と約三〇人の労務者が配置されており、被告会社では右軌道車を運転する際には同会社の指名する運転手のほか、同社の保線工又は土工を助手として同乗させていたこと、被告瀬戸は一〇年前被告会社に入社し、以来主として軌道の保線工として勤務してきたが、その仕事を行なうにつきときどき軌道車の運転助手としてこれに同乗して運転手の補助をしていたこと、被告会社においては、本件軌道車を運転する者を一応定めてはいたものの、それ以外の者の運転を防止するための厳重な措置(例えば本件機関車の扉に施錠するとか、格納庫を設けて本件機関車の非使用時にはこれをその中に入れておく等)は講じておらず、現に、本件当日被告瀬戸は簡単に本件軌道車を運転することができたこと、同被告が本件当日本件軌道車を運転したのは新篠津市街に赴いている同僚を出迎えに行くためであつたこと、右工事現場では雨天を除き通常午後五時半ころまで作業が続けられていたが、当日は前記のとおりお盆休みであつたので午後三時頃作業を終了したものであること、したがつて、本件事故は作業終了後約二時間経過して発生したもので、通常であるならば、いまだ作業時間内であることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、このような事情に、前記のように本件事故が被告会社の支配領域内にある工事用の軌道敷内で発生したものであることをあわせ考えれば、被告瀬戸の本件運転行為が前認定のように被告会社の内規に違反しかつ被告会社従業員が作業を早じまいした後になされたものであつても、なお、客観的にみて、同被告の職務行為と牽連性を有するものとして、「事業の執行」につきなされたものと解するのが相当である。したがつてその結果惹起された本件事故による損害は、被告会社の事業の執行につき発生したものと言うべきであるから、使用者たる被告会社は被用者たる被告瀬戸の前記不法行為につきその責任を負担すべきである。

(二)  なお、〈証拠〉を総合すれば、本件トロッコに原告が乗つた経緯として、被告瀬戸が本件軌道車を運転して約二〇メートル進行したとき、その場に来合わせた同被告の息子の武司と同人が誘つた原告ほか四名の子供達が同乗方をせがんだので、同被告がこれを承諾し、右の原告らを本件トロッコに乗せるにいたつた事実が認められ、証人杉本ヨソの証言をもつても右認定を覆えすに足らず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

したがつて、原告の本件軌道車への同乗は、運転者である被告瀬戸との個人的関係に基づいてなされたと解することができる。そして、本件のように被用者による無断(私用)運転において、運転者(被用者)との個人的関係に基づいて同乗した者は運転者が自己を乗せて運転する行為は使用者の業務と無関係であることを承知している一方、運転者側においてもそのような認識を有しているものと認められるから、運転の途中運転者の不法行為によつて事故を発生し同乗者が損害を蒙つたとしても、右運転者の使用者はこれを賠償する責任を負わないと解すべき余地がある。しかし、本件においては、〈証拠〉によれば、原告が本件事故当時いまだ七才八カ月(昭和三三年一二月五日生)の小学二年の児童であつたことが認められるから、このような児童が被告瀬戸の運転行為の非業務性を承知するというかなり高度の弁識力を備えていると認めることは困難であるから、前認定の原告が本件トロッコへ乗用した経緯があるからといつて、被告会社としては、原告の蒙つた損害につき使用者責任を免れることはできないものと考える。

四損害

そこで、原告が被つた損害について検討する。

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

原告が本件事故当時七才八カ月の小学二年の児童であつたことは前認定のとおりであり、また、原告が健康体であつたことは証人杉本ヨソの証言によつて認めることができる。そして厚生省統計調査部発行の第一一回生命表(昭和三五年)によれば、満七才の男子の平均余命が61.42年であることは裁判上顕著な事実であるから、原告は右余命期間程度生存しうるものと推認することができる。次にその間の原告の得べかりし収入については、可能な限り具体的事情に即して算定すべきことはいうまでもないところであるが、この点に関し、原告は自ら「原告が中学卒業後遅くとも二〇才で就職し、六〇才に達するまで四〇年間稼働して少くとも一般男子の賃金労働者の得る平均賃金と同程度の収益をあげることができる。」旨主張しているし、証人杉本ヨソの証言によれば、原告の両親は農業を営み本件事故以前は原告にそのあとを継がせたいと希望していたことが認められるものの、それはあくまで両親としての願望にとどまるのであつて、七才に過ぎない原告がそのまま成長したとしても必ず両親の意にそつて家業の農業に従事するという蓋然性が他に比して著しく高度であると断ずることはできない。他に原告の将来の職業を推測しうべき特段の具体的事情も存しない。そして、右証言によれば、原告の学業成績は中程度であつたことが認められるから、将来の職業につきいわば白紙状態にある原告の得べかりし収入については、原告自ら主張するように、賃金労働者の平均的収入にその拠りどころを求めるよりほかはない(なお、後記のように二〇才以上二四才以下の賃金労働者の平均賃金という控え目な収益を原告の稼働期間中の得べかりし利益の算定の基礎にするのであるから、このような低い収益をあげるべき稼働期間は六〇才に達するまでとするのが相当である。)。

ところで、原告は、全稼働期間を通じ二〇才以上二四才以下の男子労働者の平均月額給与、年間特別給与を取得するものとして将来の昇給を考慮することなく自ら控え目に請求しているから、当裁判所も本件においては右算出方式を採用することとする。

そこで労働大臣官房労働統計調査部の昭和四一年度賃金構造基本統計調査(労働省労働統計調査部編賃金センサス第一巻第二表参照)によると本件事故の発生した昭和四一年当時二〇才以上二四才以下の男子労働者で新制中学卒の学歴を有する者の平均月間きまつて支給をうける現金給与額が二万九、二〇〇円(年額三五万〇、四〇〇円)であり、平均年間特別に支払われた現金給与額が五万一、三〇〇円であることは、裁判上顕著な事実であるから、原告は前記稼働期間中毎年右の合算額四〇万一、七〇〇円を年毎収益として取得しえたものと推認でき、右推認に反する証拠はない。

ところで、原告が本件事故によつて右手首切断の傷害をうけ、これが後遺障害として残つていることは当事者間に争がないところ、原告は右負傷によりその労働能力の六七パーセントを失つたと主張するので、この点につき判断する。なるほど、労働基準法施行規則別表第二(身体障害等級表)によれば、一手の五指を失つた場合は第六級の身体障害に当るものとされていることが認められ、また、〈証拠〉(労働省基準局長昭和三五年一一月二日基発第九三四号通達)によれば右の第六級の身体障害者は労働省においては、その労働能力の六七パーセントを喪失したものと評価していることが認められる。しかし、右の労働能力喪失率はあくまで国が労働者災害補償保険二〇条一項の規定に基づき第三者に求償すべき場合の損害額の計算について定められた行政事務処理上の基準に過ぎず、これによつて裁判上も一率に原告と同程度の身体障害を負うにいたつた者の労働能力の喪失率が六七パーセントであると断じることは相当でない。なぜなら、右基準は、基本的には障害の程度に応じた労働能力の減少を考慮して立てられたものと考えられるから、これが原告の労働能力喪失率算定上の参考資料となることは否定できないが、これはあくまで労働災害補償制度独自の目的に即して劃一的に定められたものと解されるのであり、同じ身体障害であつても、その労働能力への影響の程度は、人が従事しうる多種多様の職業によつて同一ではないと認められるし、また身体障害を生じた際の年令等によつては、爾後の職業訓練あるいはその身体障害による影響の少ない職業を運択すること等その身体障害による労働能力の減少を補いうるということも考えられるから、特定の人の身体障害による労働能力の減退を原因とする逸失利益の損害の算定にあたり、原告主張のような職種・年令等の違いを一切捨象した一般的基準を適用することは合理性を欠くと認められるからである。そこで本件についてみてみると、本件事故当時においては原告が将来就くべき職業がいまだ定つていなかつたことは前認定のとおりであり、また幼時に身体障害者になつた者が特段の事情のない限りその障害の部位程度に応じて将来当該障害による支障の少い職業を選択するとともに、このような将来の見通しに向つて早期から自己を訓練することにより、その障害による影響をできるだけ少なくするであろうことは、経験則上明らかであるから、原告も約一三年後の就職のときまでに訓練により左手を利き腕にする等とともに、必ずしも両手を必要としない職業を選択することにより、自己の身体障害による影響をできるだけ少なくするであろうことが推認でき、右認定に反する特段の事情を認めるに足る証拠はない。以上の諸事実に前記の労働省の労働能力喪失率を勘案すると、原告の労働能力の減退による得べかりし利益の喪失の程度は、四〇パーセントと認めるのが相当である。したがつて、原告は、本件事故によつて前記の稼働期間を通じて、毎年、あげえた筈の収益四〇万一、七〇〇円の四〇パーセントにあたる一六万〇、八〇〇円を失つたものというべきである。そこで、右の逸失利益からホフマン式計算により年毎に年五分の割合による中間利息を控除して(ただし、計算の簡便化のため、原告主張のとおり原告が一三年後から五三年後までの四〇年間稼働することにするが、右は控え目な算定という趣旨にも合するものである)、その現価を算定し、円未満を切捨てると、二五二万四、九五七円となることが明らかである(その算式は喪失年収160,680×(53年間のホフマン係数25.5354−13年間のホフマン係数9.8212)=2,524,957.6560)。

(二)  慰籍料

〈証拠〉を総合すれば、原告は、昭和四一年八月一四日本件事故により幼くして前記一の傷害を負い、即日岩見沢市立総合病院に入院したが、症状から止むなく右手首関節切断の手術をうけ、その後同年九月一二日および同年一〇月三日の二回にわたり右手断端に自己の大腿部および腹部の皮膚を移植する手術を受け、同年同月二〇日に退院したが、その間幾多の苦痛を味わつたこと、原告は退院の一週間後から通学を開始したが、手が冷えるうえ、字を書いたり、食事をしたり、自転車に乗つたりするときなどに大変不自由しており、ときには学友にからかわれて学校へ行きたくないと云い出すこともあることがそれぞれ認められるとともに、原告が今後一生の間身体障害者として進学、就職、結婚その他人生の諸事万般にわたり種々の不利益を忍ばなければならないことは推測に難くなく、以上の認定を左右するに足る証拠はない。他方、原告が被告瀬戸の息子に誘われたとはいえ、自ら危険な本件トロッコに便乗したこと、原告がいわゆる好意同乗者的立場にあることは前認定のとおりである。そこで、以上の事実を総合勘案すると、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は、八〇万円をもつて相当と認める。

五結論

以上説示のとおり、原告の被告両名に対する請求は、得べかりし利益の喪失による損害として二五二万四、九五七円、慰藉料として八〇万円(合計三三二万四、九五七円)および以上の金員に対する本件不法行為による損害発生の日である昭和四一年八月一四日以降右支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、原告のその余の請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(松野嘉貞 小林充 加藤和夫)

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